シルクロード絵描き旅

中央アジア・シルクロード。ひとりの絵描きの放浪記。

9/1 カシュガル犠牲祭、人々が一つになる日

 


おはようございます、りょうこです♪
前回の記事はいつもよりずっと多くの方に見て頂けたようで嬉しいです。
たぶんTwitterの拡散と思いますが、今私は中国の新疆ウイグル自治区におり、ブログ以外のサイトに全然繋げません。
拡散していただいた方へ、ありがとうございます、今後もしばらくカシュガルの記事が続くので、引き続き読んでいただければと思います^^

これを書いている今の私は念願の帰国を明後日に控えて、毎日中華料理をとても美味しく食べています。モンゴルで崩れた体調と今春から続いていた胃腸の不良は中国に再び戻ってきてぴたりと収まってしまいました。一か月前とはまるで味覚が変わって、なんにでも食欲をそそられ、今までやつれていた顔はこの数日で丸くなりました。どうしたのでしょう、この急な変化は。

逆に怖いですがともあれ元気に楽しく過ごせています。

 

 

 

 


さて、今日は犠牲祭の記事です。

 

 


9/1 朝9時前

 

f:id:meguroryokoworks:20170901093909j:plain

 


前夜、9月2日と思い込んでいたのは間違いで1日が犠牲祭のダンスの日と知り、疲れの取れないまま当日の朝を迎えてしまいました。

 

しかしオールドタウンの門をくぐる頃には、気持ちの良い朝日が私たちを照らしていました。

真新しい衣装と帽子で正装したウイグル族のみんなが、続々とエイティガールモスクへと向かって歩いて行きます。町の空気も新鮮で昨夜の屋台の喧騒も嘘のように、犠牲祭の朝は静かでありました。

 

 

 

f:id:meguroryokoworks:20170901094710j:plain

 

 

 

 

 

 


途中、細道を並んで歩いてゆくウイグル族の初老の男性二人に、スクーターに乗った中国人の警察が中国語で叫びました。


『殺されても知らないぞ!』


彼らは一寸それに反応してゆっくりほんの少し振り返り、またゆっくり前を向いて、無言で再び歩き出したのでした。
その一連の脱力した仕草、振り向いた二人の無表情に、私は心が痛みやるせなくなりました。

 

 

街の治安を護るために配された警察のはずです。
警察にはウイグル族も中国人も両方ともいて、どちらもまともな人はまともです。
しかしああいった人がいる限り、ウイグル族の不満は溜まる一方だと思うのですが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

f:id:meguroryokoworks:20170901095705j:plain

 

 

 

 

 

 

 

 

f:id:meguroryokoworks:20170901101156j:plain

 



犠牲祭のダンスは9時からと聞いていましたが、実際は先に礼拝があり、ダンスは10時くらいからとの事でした。
オールドタウンを散策したり、朝食を食べてからまたエイティガールの広場に戻ってきました。
すると踊りは既に始まっているようで、聴こえてくる掛け声と音楽に、いつの間にか私は人混みに向かって走り出していたものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

f:id:meguroryokoworks:20170901102701j:plain

(孫さん撮影) 

 

 

 

 

 

f:id:meguroryokoworks:20170901112535j:plain

 

 

 

 

f:id:meguroryokoworks:20170901113029j:plain

 

 

 

f:id:meguroryokoworks:20170901113251j:plain

 

 

 

 

f:id:meguroryokoworks:20170901112637j:plain

 

 

 

 

 

 

なんて美しい光景でしょう。


皆一心に、掛け声を合わせ、時に笑みを浮かべながら舞っている。
若い男も、年老いた人も、一緒にこの晴れの舞台、日差しの下に汗を流しているのでした。

 

 

私は自分の今までの旅程や、見た感じた中国での違和感、ウイグル族の事、色々な思いがこの彼らのダンスに透けて見えてきて、
また純粋に彼らの姿があまりに美しく、
訳も分からぬまま二度目の涙を流したのでした。

 

 

子供のように勢いよく泣き出す自分に我ながら驚きつつも、
カシュガルで犠牲祭に立ち会えたことが嬉しくて、ただただ幸せでした。

 


幸せでいっぱいでした。目の前の光景はまるで夢のようでした。


これを見るために旅に出て来たんだな、とさえ思えました。

 

 

 

 

f:id:meguroryokoworks:20170901112711j:plain

 

 

 

f:id:meguroryokoworks:20170901112719j:plain

 

 

 

 

 

 

 


以前インターネットで見つけた犠牲祭の様子では、小さい女の子も一緒になって踊っていましたが、今回踊っていたのは10代後半以降の男性と少しの女性だけでした。
先程の礼拝の前には中国の国家が流れました。
もしかしたらダンスは前年度よりも縮小されたのかもしれない。
犠牲祭のダンスがこの先もずっと続いていく保証はない。
私が見たダンスが彼らにとってどのような意味を持つのか、詳しい事は分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


しわくちゃのおばあちゃんが感極まって自ら踊りの輪に入って行きましたが、警備するウイグル族の男性によってすぐに止められてしまいました。
踊りたかったのかなんなのか、おばあちゃんは泣きました。


そして同じく泣いている私を見つけ、泣きながら握手を求めてきました。
おばあちゃんのパッションに押され、『クルバン、ヤフシ!(犠牲祭グッド!)』とノリだけで返す私。
ダンスや音楽には等しく人を高揚させ開放的にさせる力がありますね。
傍から見ればくすっと笑える一場面でありました。

 

f:id:meguroryokoworks:20170901104109j:plain

 

 

 

 

 

 

 

f:id:meguroryokoworks:20170901113944j:plain

 

 

 

f:id:meguroryokoworks:20170901112917j:plain

 

 

 

f:id:meguroryokoworks:20170901112910j:plain

 

 

 


ひと際目立っていたかっこいいおじいちゃんは、ダンスの終わったあと観客の記念撮影に引っ張りだこ。

 

 

f:id:meguroryokoworks:20170901114348j:plain

 

 

f:id:meguroryokoworks:20170901114439j:plain

 

 

 



おじいちゃんはサービス精神旺盛!ノリノリでポーズを決めてとても楽しそうでした。

 

 

f:id:meguroryokoworks:20170901114921j:plain

 

 

 

f:id:meguroryokoworks:20170901114924j:plain

 

 

 

 

 

 

ああ、ああ、いつまでも見ていたい、
彼らの姿なのでありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

@ryokomeguro 写真・画像および記事の転載はご遠慮ください。