シルクロード絵描き旅

中央アジア・シルクロード。ひとりの絵描きの放浪記。

新疆クチャで『キャメルユースホステル』を探せ。

 

 

 

 

こんにちは。りょうこです♪

 

 

 

今日は新疆ウイグル自治区クチャにて、安宿にチェックインするまでのお話。

ヒヤヒヤするエピソードです。

 

 

 

 

 

 

~プロローグ~

 

 

 f:id:meguroryokoworks:20150914052135j:plain

2015年9月10日、深夜。私はカシュガルからクチャに向かう列車の中にいました。

 

 

 

 

 

f:id:meguroryokoworks:20150913192353j:plain

 

 

 

 

 

 

 

新疆ウイグル自治区のクチャは新疆南北の中間部に位置する地方都市です。

 

 

 

f:id:meguroryokoworks:20170717172150p:plain

 

 

 

クチャは有名な石窟寺院『キジル千仏洞』の観光の基点となるため、私は南疆カシュガルからクチャに向かったのでした。

 

 

f:id:meguroryokoworks:20150915161647j:plain

キジル千仏洞へと向かう道のり

 

f:id:meguroryokoworks:20150915174341j:plain

キジル千仏洞外観

 

 

しかし、キジル千仏洞は新疆ウイグル自治区でも特にマイナーな観光地。

荒涼とした砂漠の真ん中にあるキジル千仏洞。そこへ通じる公共交通機関はありません。タクシーをチャーターして向かうしか方法はありません。

タクシー代と拝観料は私たちバックパッカーには高額なので、訪れる旅行者は考古学・美術史に興味がある人くらいなものです。

 

 

 

 

したがってクチャの街にはまだまだ安宿がなく、さらに私たち外国人の泊まれる安宿となると…ネットではとうとう情報を見つけられませんでした。

かわりに出てくるウェブサイトを見るに、バックパッカー達は高額で評判の悪いホテルに甘んじてきたようです。

 

 

しかし私は知っていました、

クチャに『キャメルユースホステルという名の安宿がある事を。

 

 

二か月前に遡ります。7月、ウズベキスタンの首都タシケントにて、『キャメルユースホステル』に泊まったという女性に出会いました。

 

さらに数日前、ウイグル-パキスタン国境近くの地タシュクルガンで出会った旅人クララは、“クチャに『キャメルユースホステル』という安宿があるらしい、しかし住所も連絡先もわからない。” と、私と同じことを言うではありませんか。

私は『なにがなんでもキャメルユースホステルを見つけたい!』と思ったのでした。

 

 

キャメルユースホステルの情報を得るギリギリまでクチャ行を延ばしてルートを組み、

中国人旅人のホァンに中国語サイトを探し回ってもらい、やっと一つの安宿を見つけてもらいます。

 

そこはどうやら世界ユースホステル協会未加盟の『ユースホステル』。

宿名は中国語表記なので定かではありませんが、キャメルユースホステルではないような気がします。

 

しかし安宿であることに変わりはありません。

ホァンからその宿を予約してもらい、 地図・住所の載ったページの画像ももらい、満を持してクチャ行の列車に乗り込んだのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

~本編~

 

f:id:meguroryokoworks:20150914052135j:plain

 

 深夜4:00頃、列車はクチャに到着。眠っている乗客に、車掌が到着を知らせます。

『庫車到了(クチャ ダオラ)。』というセリフを、まるで火災報知器のような剣幕で叫びます。

車両から車両を『クーチャー!!クゥチャー!!クゥチャクゥチャー!!!』と怒鳴り歩く車掌。

その怒声を聞いて、床に直に転がって寝ていた乗客たちが続々と目を覚まします。

 

中国の場末の日常。

私は車掌の声のあまりの迫力に、とうとう笑ってしまいました。

 

f:id:meguroryokoworks:20150914052410j:plain

 

 

 

 

 

人波に乗って駅を出ると、土埃舞う駅前広場に大量のタクシーが待ち構えていました。

人々は運転手と交渉し、次々と走り去っていきます。私も慣れない中国語で運転手の一人を捕まえ、地図と住所の画像を見せ、連れて行ってもらいました。

 

 

しかし ‐

 

 

運転手いわく、この住所に何か問題があるよう。

込み入った中国語の分からない私は、停車したところで彼の意図を悟ったのです。

なんとホァンから貰った長い住所の最後、番地番号が途中で切れていたのです。

そのことに気付かなかった自分を呪いました。

『俺が分かるのはここまでだわ、ごめん。』と降ろされたそこは…、

 

 

 

 

 

団地の入り口です。

 

 

 

ユースホステルはこの団地のどれかの棟のどれかの部屋なのでしょう。

 

途方に暮れた気持ちから逃げるように夜空を仰ぐと、星が鋭く瞬いていました。

 

薄暗い街灯に照らされた入り口を抜けると、その先は広い暗闇でした。奥には巨大なコンクリートマンションが十数棟はあるようです。

これ以上はとても一人では進めないと思いました。

路上で夜を明かしている自分の姿を想像しました。列車の座席で夜を過ごして疲れた身体。ぱちぱちと瞬いて、すぐさまその想像を消し去ります。

 

 

 幸い、団地の入り口には三畳ほどの大きさの、夜間警備員の待機所がありました。

私はガラス窓を拳でどんどんと叩きました。眠っている警備員の二人うちの一人が起き、機嫌の悪そうな顔で中国語で答えました。

『真っ直ぐ行って、左に曲がれ。』と。

 

 

『こんなに沢山棟があって、わかるわけないじゃん!』

自分でも分からないうちに、話せない中国語で答えていました。

 

 

 

 

 

するともう一人が懐中電灯を持って出てきてくれました。案内してくれるようです。

団地の一室を宿にしているのだから目印も看板もないのでしょう。しかし警備員の対応からするに、やはりここは毎日多くの旅人が往来しているのだと確信しつつ、先導する彼の少し後ろを歩いていました。

視界は懐中電灯の灯りのみです。二人の足音がやたらと大きく聞こえます。

 

 

何棟か集まったところまで来、案内を買って出た警備員の足取りが急に怪しくなりました。

ここまで来たというのに、彼は肝心の棟と部屋番号が分からなかったようです。

 

 

引き返しながら、私は待機所で休ませてもらうことを考えていました。

彼らを信頼できる根拠はなにもありませんが、夜中です、彼ら以外に頼るものもなにもありません。綱渡りのような問答を自分自身としながら待機所まで戻ると、もう一人の不機嫌な方の警備員がふたたび案内してくれました。

 

 

不機嫌な警備員はその棟と部屋を知っていたようで、すんなり宿の入り口に来ることができました。しかしドアをノックしたものの何も反応がありません。真夜中ですから、当然と言えば当然です。

 

 

私は迷惑極まりない客です。

しかし、ここは中国の片田舎の安宿です。

クチャに着く列車のほとんどは深夜発着です。

ここ中国では他人の迷惑を考慮したもの負けである事を、私は知っていました。

中国ではこのような強行なやり方に寛容なのも、知っていました。

 

 

 

二人で鉄のドアを何度も何度も叩きました。ようやくドアは開きました。

 

警備員は私の下手な謝謝に手で合図しながら去って行きました。

不機嫌な警備員の去り際の姿は私の瞼に張り付き、なかなか消えませんでした。

 

 

 

f:id:meguroryokoworks:20150914062038j:plain

 

 

 

 

 

 

そこには日本のような玄関はなく、ドアを入るとすぐ白タイルの床のリビングとなっていました。ドアの前に敷かれたマットには、たくさんの靴が溢れるように転がっています。

 

月によって青白く照らされた出窓部分に、寝袋や布団を敷いて2,3人が寝ています。

二段ベッドのドミトリー部屋があるはずなので、ベランダの彼らはスタッフか、ベッドにありつけなかった旅人でしょう。

 

ドアを開けてくれたのは長髪を結い髭を生やした細身の男性でした。

『君のベッドは明日の夜から空くから、今はここに寝てくれないか。』と、

ソファを指差した彼は果たして宿のスタッフなのか、はたまた宿泊客なのか、見た目ではわかりません。

 

 

リビングの床にも何人かが寝ています。

 

私は身を横たえ、一日ぶりに寝転がれる幸せを感じながら眠ることが出来ました。

 

 

そして眠りに落ちながら思いました。

ここはキャメルユースホステルじゃない。じゃないけどきっと面白い場所に違いない、

と。

 

 

 

 

f:id:meguroryokoworks:20150916014154j:plain

後日、団地ホステルのリビングの写真

f:id:meguroryokoworks:20150916014212j:plain

 リビングの写真

 

 

 

 

 

 

 

ryoko.

 

 

 

 

 

 

@ryokomeguro 写真・画像および記事の転載はご遠慮ください。