シルクロード絵描き旅

中央アジア・シルクロード。ひとりの絵描きの放浪記。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんにちは、りょうこです♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日のお話は、去年の旅『シルクロード絵描き旅』をするきっかけになった出来事。

 

 

 

2013年にウイグルを旅した時の初日のエピソード。

 

中央アジア文化に生まれて初めて触れたあの時の事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2013年9月4日 新疆ウイグル自治区カシュガル

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は到着して間もなく、カシュガルの強い日差しに体力が消耗されていくのを感じた。


何か食べたいが、今しがた降り立ったばかりの街では勝手がわからないというのが本音であった。しばらく歩道をぶらついていると、果物の露店が多い事に気付く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


民族帽を被り長いひげを生やしたおじいさんの屋台前で、私は立ち止まった。

彫りの深いその顏は漢人ではない。箱の中に積まれているのは拳に収まるほど小さな桃である。

 

暑さで商品が痛んでいそうなのを気兼ねしていると、おじいさんが私に視線を向けた。

 

 

 

 

 




量りの上に袋を置き、中に桃をいくつか入れながらおじいさんは何か喋った。キロあたりの値段を教えてくれたのだろうが私は中国語がわからない。おじいさんには英語が全く通じない。


私は箱の中から二個選んで、彼に見せた。

 

(二つでいくら?)

 

(二つしか買わないのかい、可笑しいよ。)

 

 

 

私達は表情で会話をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



不慣れながらに支払いを済ませたが、私はその場を去れずにいた。今すぐ食べたいから洗ってもらえないかと訊きたくて、どう伝えたらよいかわからなかった。


少しの沈黙の後、相手は察してくれたようで日陰から水差しを取り出した。私はその水差しに度肝を抜かれてしまった。

 

 

 

 

 

 


長く使い込んで黒ずんだ水差しは独特な形をしていた。

誰もが教科書で見た事のある、正倉院宝物の水瓶を思わせるフォルムだった。

 

 

 

 


水差しの細い細い注ぎ口から垂れた水は、今まさに桃の上で跳ね散っている。透明の水はカシュガルの日差しを受けて光った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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おじいさんは水差しを、さして特別に扱っている様子はない。私のように過剰な意識を向ける事なく、やかんか何かを使うように、ただ日常的にそれを傾けているのだった。

 

 

 

 

 

 

 


おじいさんと私とを隔てる感覚の差異に、今いる場所がカシュガルである事を妙に実感しつつ、私は歩道をぶらぶら歩いた。

 


水ですっかり冷やされた桃は、炎天に熟される事なく、瑞々しさと丁度良い硬さを保っていた。

 

 


私の身体と頭は、この桃でずいぶん休まる事ができたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ryoko.

 

 

 

 

 

 

 

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