シルクロード絵描き旅

中央アジア・シルクロード。ひとりの絵描きの放浪記。

ホブドの町歩き - 初めてのモンゴル。

 

 

 

ホブドは、私にとって初めて見るモンゴルの町並みでした。

 

だから色々な感想を持つかと思っていたのですが、

中国との喧騒と移動疲れを癒すべくぼうっとして過ごしており

自分の内面に目を向けておらず、これと言って書く事がありません。

本音はただ『中国から出た』解放感で満足していただけです。

 

 

 

ホブドは人口3万人前後の小さな町でした。

 

ウランバートルを始め他の街を全く知らない私。

街並みや都市構造はどの国に近いのか、もっとモンゴルを知る方から直に訊いてみたいものです。私はやはり中央アジアの面影を感じました。

 

ちなみに都市デザインに中国の面影はまったくありません。

料理も、中華はない代わりにロシア料理があります。

 

 

 

 

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チョコミントのような奇抜な色遣いのマンションがとても目を引きます。

日本人からするとこういう配色にする感性が不思議で仕方ありません。

 

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“ペクトパン”ではなくキリル文字でレストラン、です。

 

 

 

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モンゴル人の民家の門

 

 

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家の敷地内にゲルが。

 

 

 

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市中心部を5分歩くと既に住宅地です。

 

 

 

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唯一見つけたファーストフード店。…というよりも英会話教室みたいなホワイトボードです。

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ホーショール(モンゴル風揚げパンというかサモサというかピロシキというか…。中は羊肉です。)

 

 

 

 

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さっきのレストランもですがカラオケやクラブがやたらと多かったです。

娯楽がそんなに多くはないここで、彼らは歌と踊りを楽しんでいるのでしょう。

 

 

ちなみにモンゴリアンポップの他はEDMばっかり流れています。

夜は散歩中どこからかEDMが流れ、先日のアルタンゴルの車中でもこれが…

 


Alan Walker - Faded (Sep Remix)

 

これ流行りましたね。

モンゴルの草原に曲が合うかどうかは人それぞれ…。

 

 

 

 

 

 

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これや、

 

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この建物なんてとても可愛いです。

 

 

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警察もこんなに可愛くしていいのか…それとも現地の人にはこれが可愛いという感覚はないのか…。

無機質で物々しい中国警察の後に見たので、なおさら印象的でした。

 

 

 

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小さなモスク。

 

 

 

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 絵本に出てきそうなアーチの柱です。

 

 

 

 

 

 

 

…あっさりした内容ですが、当時の私もこんなテンションでした。

今日はこれにて終わりますが、ホブドの宿情報などはまた詳しくまとめる予定です。

 

 

↓旅の前に書いた記事に国境情報を追記しました。こちらもよろしくお願いいたします♪

unhuman.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

9/7 肉屋のおばちゃん大わらい (モンゴル西部 ホブド)

 

 

 

 

 

 

 

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迷路のようなザハ(市場)を散策中、私はいつの間にか食品売り場に入り込んでいました。

 

 

 

 

 

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テントや小屋がひしめき合っていた雑貨のエリアを抜けると、そこは閑散としておりました。

ここに張られたテントは米や小麦粉など主食を扱う店でした。

何故ここだけこんなに寂しいのかはわかりませんが、空を覆うものが無い事で初めて目に付いた青空、その空を背景にテントの後ろに見えるレンガ壁の家が映えていました。

私は無意識にそのレンガ壁の一つに吸い寄せられ、ドアをくぐります。すると…

 

 

 

 

 

 

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がらんとした室内にテーブルがこちらを向いてコの字型に並び、

塊肉が無造作に置かれ、その上に集まる蝿を手製の蝿除けではらうオバチャン達が。

 

一瞬にして肉とおばちゃん、血の匂いに囲まれた私は、ちょっと緊張しながら彼らに近づきます。

 

 

 

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骨付きの大きな肉を見つめていると、すかさずそれを売るおばちゃんが電卓を叩いて見せます。

 

いえ見ているだけです、と手のひらを横に振るも隣のおばちゃんにお呼びがかかる。

そっちを向くと今度は反対横のおばちゃんからお呼びがかかる。

 

ウチで買いな、ウチで買いな、…。

 

場は一瞬にして騒がしくなりました。

 

 

 

 

 

 

見てるだけですってば、と私はカメラのシャッターを切るだけです。

 

 

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肉挽き器。こんなの初めて見ました。

私が知るものよりもずっと粒が粗い挽肉です。

 

夢中で彼らの様子を眺めていると、足元に何か大きなものを感じ、

下を見てひるみました。

 

 

 

 

 

 

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『きゃあ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

と本気で驚いた私をおばちゃん達は一斉に笑います。

 

 

 

 

驚いたものの、これまで色々な市場で見てきた“動物の頭” です、

日本ではあり得ませんがアジアの市場では割とよくある光景、頭がここそこにゴロゴロしている。

 

 

 

 

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至近距離で見るのは久しぶり、とシャッターを切る私。

一番印象的なのは彼らの開いたままの目でした。

 

 

『生きている目と死んでいる目はどのように違うか。』

という漠然とした事を考えていました。

 

 

すっかりご無沙汰となっておりますが、元々は絵描きの私。いつか生き物の生と死をテーマにした作品を造ってみたいなと思っており、この旅でも生と死を強く意識して観察していたのです。

絵の構成はまだ全く未定で、具象か抽象にするかも決まっていません。

生きているものと死んでいるものを描き分けられるようになりたくて、その違いを視覚だけでなく体感、実感として自分に沁み込ませたく、色々な“現場”を見て周っていました。

旅先の肉の市場もよく訪れていたものです。

 

 

 

 

そうしておっかなびっくり、動物の頭を観て撮影していると…。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中でも特にお茶目なおばちゃんが羊の頭を持って私に近づき、それをこっちに振りかざしてきました!

 

 

 

 

『きゃあ!!!!』

 

 

 

 

突然の事で私はまた本気でびっくりしてしまいました。

 

 

 

 

陽気なおばちゃん達は大笑い。

 

 

 

 

 

笑うおばちゃんはなおも頭を持って私を追いかけます!

 

私は半分笑い半分ひるみながら逃げます。

 

遊びでやっているのは重々分かっているのですが、

驚いたり逃げたりを可愛く手加減する事の出来ない私は、

絵に描いたような

 

『きゃあ!!』を繰り返します。

 

 

 

 

 

おばちゃん達は大笑いでした。

 

 

 

 

 

最後に、

とても短いですがその時の動画です。

動画を撮るなんて…怖がってるんだか余裕なんだかわかりませんね、当時の私。

 

 


肉屋のおばちゃん大笑い その1

 


肉屋のおばちゃん大笑い その2

 

 

 

 

同じく肉屋といえばこの記事も、

お茶目でくだらない内容となっております。↓

 

unhuman.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 

9/6-7 モンゴル、ホブドの市場(ザハ)

 

 

 

 

 

 

 

こんにちは。りょうこです。

 

やっとモンゴルの記事を書けるのが嬉しくて仕方ありません。

…これまでの記事で『疲れた』『眠い』『移動辛い』と弱音を繰り返す紋切り型の旅に我ながら辟易しつつ書き進んでまいりました。そうは言ってもウルムチモンゴル国境越えくらいまでの濃い出来事は、時系列を守って景色心象人物と事細かく描写せねば気が済まず…。

当時の自分もそうですが、記事を書く今の私もここホブドは肩の力を抜いてまいります。さあ行きましょう。

 

 

 

 

 

 

 

9/6-7 モンゴル西部 ホブドにて

 

 

 

 

昨夜までの怒涛の移動を終え深い眠りから覚めた私。モンゴルと聞いて想像できるのはゲル、草原、星、ゴビ砂漠(今回行きませんが)。

それだけです、都市の雰囲気や人に対するイメージを何も持っていません。

 

 

私はホテルのフロントに降り、スタッフの女性に訪ねました。

『ザハ?』

 

この時私が知っていたモンゴル語ありがとう(バイルッラ)、はい(ザー)、いいえ(オッグイ)、こんにちは(セーノ)、そして市場(ザハ)

ザハ以外は昨日モンゴルの入国審査のスタッフの女性に教えてもらったばかり。ザハは少しだけネットで情報収集した際になんとなく目に付いた単語。事前に調べたのは為替レートとここホブドの宿情報くらい、モンゴルに対しほぼまっさらな状態でやってきました。

その地の生活ぶりを見るには市場がいちばんです。

 

 

 

メガネをかけた女性は『ザハ。』と頷き、入り口ドアの方向を指差しました。

『ザハ?』

『ザー。ザハ。』

 

 

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私の意図が通じていないかと思いきや、ホブドの街はとても小さいので指差すだけで道案内が済んでしまうのですね。

『あっち』と指差す方向を歩いてたった3分、いっさい迷う事なくザハに辿り着きました。

 

 

 

 

 

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細い路地、ひしめき合う小屋、建物。その造りや雰囲気はどこかで見た事のあるような…。

 

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煉瓦、白い塗り壁、窓の格子模様、花壇の花…。

 

入った途端なんだか懐かしい気持ちになりました。

ここは二年前訪れた中央アジアのバザールと雰囲気が似ている。特に人の顔立ちや気候などからキルギスが近いと思いました。

 

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商品はロシアからの輸入、次いで中国、韓国ものが多かったです。

 陳列商品の詳しくはまた後に書くとして、全体の雰囲気を見ていきましょう。

 

 

 

 

 

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この鎖で留めているカウンター(というのでしょうか)、この簡易店舗の造りはウズベクキルギス、カザフ…中央アジアの国々で見たことがある。

ロシア製品なのかキリル文字キッチュな絵柄や色遣いの雑貨が並び、それらが全体に醸し出す雰囲気もやっぱりこれまで見てきた中央アジアの国々と通ずるのでした。

 

 

 

 

 

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これがモンゴル系の顔立ちなのか…。

初めて見る顔に中国やキルギス、カザフ、ロシア系との相違点を見つけながら、モンゴル人の特徴を頭にインプットする作業が、歩きながら自動的にとり行われます。

 

しかし程無くして見つけた『トルファン干し葡萄』…、昨日息を切らして運んだ箱です…。早くもあの大変な重労働が思い起こされてしまいました。

知らない方は前記事をご覧ください。↓

unhuman.hatenablog.com

 

 

 

 

 

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ザハには民族衣装・民族雑貨店の集まるエリアがあります。初めて『これぞモンゴルだなぁ』という印象を受けたのはここ。

民族衣装である『デール』、それから馬具、ブーツ、ゲル用品が並びます。

 

陳列のされ方や雰囲気こそ先程述べたように中央アジアですが、デール単体や馬具の模様をじっくり見ているとチベットの影響が見えてきます。

 

 

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店先でトランプする人々があっちにもこっちにも見られました。

 

 

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9/4-5 中国新疆-西モンゴル国境越え その3

 

 

 

 

 

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前記事の続き

 

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モンゴル側国境のブルガンに着いてそのまま西部都市ホブドを目指します。

 

 

 

 

 

 

 

 

サングラスの女性は、声をかけて来た乗り合いバンのドライバーに

何か断りの言葉をかけているようでした。

乗り合いバンは私達を残して去ってしまいます。

 

えっ、あのバンがホブドに行くんじゃないの…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女性は、ブルガン側国境に自家用車を停めていました。

彼女より年下の夫婦らしい男女が、一緒に運んできた大量の荷物をトランクに積み始めました。

 

 

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そうか、私は彼女たちの車に乗せて頂けるようです。

 

 

しかし彼女たちの荷物は大量という言葉では言い表せません。

買いこんでいたのは全て生活雑貨でした。プラスチックの蓋つきゴミ箱、陶器の皿、ポケットティッシュ、鍋の蓋…。ハンガー、掃除用具、もうなんでもあります。まるで夜逃げのような荷物です。

車に載せて来た巨大なスーツケースを空け、そこに脆いものや小さいものを詰め始めます。荷物の入れ方、トランクへの積み方も工夫を凝らし、すき間があればなにか詰め、かと思うと一旦全て積み荷を降ろし、また積み方を変えて試す。…それだけでまた一時間は経ったでしょうか。

 

 

出入国管理のためテープで巻いた段ボールを解体したりと、私も出来るだけ手伝います。

本音は喉が渇いて仕方なかったのですが、自分の残り僅かな水を無駄にするまいと極力飲むのを我慢していました。

夫婦のお嫁さんの、元は白い二の腕が真っ赤に焼けています。西日はさらに厳しく、

車間の日陰に入り込むも砂埃が舞って、しゃがんでもいられません。

 

 

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荷物や大きなスーツケースは座席にも載せられ、どうにかようやく私の座れる隙間を作っていただき、待ち望んだ出発です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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車窓からはアルタイの岩山が遠くに見え、固そうな大地に固そうな草がぼつぼつと生えているのみです。空はまだ青く、岩山は太陽でオレンジ色になりかけていました。

モンゴリアンポップが流れる日本車はとても乗り心地が良く、じわじわとこみ上げてくる喜びを味わいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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しかし…、たった30分走ったところで車は道路を出て、何もない草原の真ん中にあるコンクリート製の家の前で停まってしまいました。

何事でしょうか。運転席の男性が車を降り、家のドアの錠を開けます。助手席のお嫁さんと私の隣のサングラスの女性も車を降ります。

 

 

 

 

家の中は埃っぽく、家財道具はそのままありますが無人でした。

 

ドアの右横には中国のトルファン干し葡萄』の箱が何百と、天井までぎっしり積まれています。

 

 

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ソファに座って彼女たちに質問されるがまま、りょうこ26歳独身………と自己紹介をする私。

なぜここに来たのか、ホブドへは急がないのか、あなたたちはなぜ中国にいたのか…。

私だって質問したいことは山のようにあります。しかしモンゴル語が全く分かりません。

 

 

 

 

 

 

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するとドアの外から大きなエンジン音がし、巨大なトラックが荷台を向けて停車したのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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夫婦が一つ10キロはあろうかという箱をトラックに運びます。

旦那の方は上半身裸で汗を流しながら働いています。

 

 

 

訳がわかりません。疲れて頭も回りません。力ももう残っていません。

そんな状態で私も彼らを手伝います。

私のひょろひょろの腕は高い荷台まで箱を上げられません。

すぐに息が上がる私は時に笑われながら、助けられながら箱運びに力を振り絞りました。

 

頭は朦朧としていました。この状況がまったく理解できません。

ホブドに行くのではないのか、この家族はこの家とトラックとどう関係があるのか、

なぜ私はこんな重労働をしているのでしょうか。

 

 

 

 

5キロのお米を買って徒歩10分の家に帰るだけで翌日筋肉痛になる私が、なぜこんな事になっているんですか。

 

 

 

 

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彼らに従うがまま何度か休憩を挟み、絶望的な量の箱はどうにかこうにか全てトラックに積み込みました。

40分はかかったでしょうか。真っ黒に汚れた手のひらを拭きなとウエットティッシュを渡され、手を拭き拭きへたり込んでいると、旦那さんが信じられない言葉を口にしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アナタハ、 ニホン ジン?』

 

 

 

 

え?…なんで?

 

 

 

 

 

『ボクノ ナマエハ アルタンゴルデス。』

 

 

 

 

 

『…どうして にほんご しゃべれますか?』

私もつられて片言になります。

 

 

 

ウランバートル ダイガクデ ベンキョウシマシタ。』

 

 

 

 

 

 

『…じょうずね!』

 

言葉が出てきません。

 

 

 

 

 

 

さっきの にもつはこびは…しごと?

 

 

ソウ、シゴト。

 

 

 

 

 

 

…そのシゴトの詳細を訊くまでには至りませんでしたが、

こんな辺境でまさか日本語の通じる現地人の車に乗せてもらうとは…。

 

 

 

 

 

 

 

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一連の出来事は私の理解の範疇をとうに超えてしまっていますが、モンゴルの広大な草原はこちらの気まで大らかにさせる力があるようです。

 

 

 

 

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私の焦心を飲み込んで土に返すが如く、『彼らは最終的にはホブドに行ってくれるだろう。』

 

 

余計な詮索をやめて大人しくドライブを楽しむ事にしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カーステレオからはモンゴリアンポップが流れ続け、気が付けば三人は気持ちよく口ずさんでいる。

 

 

 

 

 

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日は落ちて真っ暗になった道を車のライトのみでぶっ飛ばす。

 

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岩山のふもとを走っているのかやけにぐねぐねとカーブしている。

 

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様々な時間を経て、真っ暗な前方に街の明かりが見えた時は格別な気持ちでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

ホブドです。

暗闇に突如現れた街明かりは、砂漠のオアシスを見るように瑞々しく、また決して大きくはない街の全景をくっきりと映し出していました。

 

 

 

時計は夜の11時を指していました。

彼らに送られて着いたホテルのフロントデスクで、アルタンゴルは私の手帳に『アルタンゴル 94******』と、カタカナで名前と電話番号を書いてくれました。

何かあったら連絡してくださいと言い、彼らは自宅へ帰っていきました。

 

 

 

 

 

 

車からホブドが見えた瞬間と、部屋のベッドに横たわった時に味わうあの安堵感は、一人旅の醍醐味といえます。

 

疑問だらけのここまでの道のりで、感情だけが確かさを持って、この旅路を彩っていたなぁと反芻したのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

9/4-5 中国新疆-西モンゴル国境越え その2

 

 

 

unhuman.hatenablog.com

 

9/5 前記事の続き

 

 

 

 

 

満足に寝れぬまま、疲れた顔の私を乗せたバンはタカシケンの交易市へと到着。

空は私の気分とは裏腹に澄みわたり、強い日差しに目を細めます。

 

相変わらずうだつの上がらない私ですが、今日はまる一日かけて国境越えをします。

仕事するのは私じゃありませんが、大仕事です。 タカシケン行のバンにて日本人の私はいつもに増して奇異の目を向けられました。この国境を利用するのは地元民がほとんどで、旅行者はとても少数だそうです。

 

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 ①エレンホト-ザミンウード国境 ②タカシケン-ブルガン国境

 

 

中国・モンゴル間を移動する旅人のほとんどは北京とウランバートルを結ぶエレンホト-ザミンウード国境を通ります。エレンホト-ザミンウード国境には鉄道もバスもおそらく乗り合いバンだって通っていて、多くの外国人が往来しています。その中には日本人も毎日いる事でしょう。

 

それに対してここ西部の “タカシケン(塔克什肯)-ブルガン” 国境、

外国人はほとんど来ません。日本人などなおの事、年に一度も来ないと言われたくらいです。

調べた限りではこちらの国境情報を書いた日本語のサイトはほぼありませんでした。

 

 

中国モンゴル西部から首都へはかなり遠いため日程的にタカシケン-ブルガンの方が便利だったのと、エレンホト-ザミンウード国境はネット情報やブログをたくさん見過ぎて興味を失ってしまったのが、私がタカシケン側を選んだ理由でした。

 

少数派の道をみずから選んだので、不便や苦労で気分を損ねても自業自得というか、それはむしろ望むところなのです。この国境を選んだ時点で楽しくとかラクしたいとかそういう欲求もありません。ただこの地の様子を見てみたい、ゲンナリ気分と引き換えに興味を満たす、それだけなのです。

 

旅人はマゾ気質といえます。

 

 

 

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国境の開く時間帯は北京時間の10:30-13:45、15:30-18:45です。

ギリギリ午前中にはモンゴルに入り、今日中に乗り合いバンで西部都市のホブドまで行ければ一番いい。無理でも国境の町ブルガンに一泊して翌日ホブドに向かう。

 

さあ一日でどこまで出来るでしょうか…。

 

 

 

 

 

 

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“塔克什肯”の字が見えます。漢字はタカシケンの地名の当て字です、中国人に片言で『タカシケン』と言っても何のことかまず分かってくれません。
 

 

 

タカシケンは閑散としており交易のみの町という印象でした。無国籍的な浮付いた空気で生活感はなく、人が住むには明らかに殺風景です。キリル文字と漢字、果てはウイグル語のアラビア文字が乱立。行き来する民族はそれ以上。この非生活感がこの地の日常、陸路ならではの国境風景です。

 

 

 

 

 

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…と深く味わう間もなくバンはここを通り過ぎ、警察(公安)の前で私を降ろし、去ってしまいました。

 

青い空の下に生える四角い建物、手前には広いグラウンド、そして高い鉄格子の門。

ここは駐屯地の様で、グラウンドには訓練を受ける人々も見えます。

場末の国境に住みながら仕事する警察の方々…暗ーい想像をしてしまいます。

門に入ってすぐ会った警官はいきなりやって来たたった一人の日本人に物珍しそうな顔をしました。

彼らは英語が話せないのでまず『中国語話せる?』から会話は始まり、

パスポートを見せろ、荷物チェックをするというのでそれに従いました。

大バックパックとリュックサックの中身を見せた後、今度はカメラとスマホをチェック。警察の建物の写真は消すように言われました。

ここを訪れる外国人、特に日本人が珍しいからか一人また一人と軍服の警察官が集まってきます。スマホの翻訳機を使い関係ない質問をしてきたり、『へえ、これが日本のスマホかぁ~。』と私のスマホを操作したり…。

荷物とカメラのチェックがとてもゆっくりしているのでその間にどんどんと人が増えます。

警官はパスポートの顔写真ページと私の顔を撮影して、やっと解放してくれました。

『じゃあね、バイバイ!』と笑う彼らに返す笑顔は引きつってしまいました。

門を出て大きな溜息。ただ荷物チェックするだけで変な経歴はない危ない所持品もない、自分に非はないので不安は全くないけれどとても不快でした。

 

 

 

 

 

交易市に戻ってきました。

 

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午前中にはモンゴル入国できると踏んでいたのに、青河からの移動や警察の件ですっかり時間を喰ってしまいました。今は11時半過ぎ、ここから国境の手前まで行くバンは3時までないそうです。つまり3時間以上も待ちぼうけ…。

 

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交易市の真ん中に建つ『情報センター』のスタッフが乗り合いバンの手配をしてくれ、3時までここで待ちなさいと言ってくれました。

情報センターの建物は全部ガラス張りで、天井からはさんさんと光が入り中は明るく、日差しを遮るものがありません。仮眠も取れず何もしなくとも消耗してしまいます。

 

 交易センターの外の食堂でラグメンをゆっくりと時間をかけて食べ、時間を潰してからまた情報センターへ。

 

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交易市の敷地内

 

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 情報センターの内部。中国新疆&西モンゴル名産品やロシア製食品、酒類などが展示され、売られている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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やっと乗り合いバンが来て国境手前に着きました。しかしなおも国境はお昼休み。空くまで待ちます。バンの窓からも差す太陽に滅入った私は、もはや日なたにいる事が出来ず、オイル臭いトラックの陰にしゃがんでいました。

 

 

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奥に見えるのがタカシケン国境

 

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反対側の風景

 

 

 

 

 

 

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モンゴルへ持ち込む品々を出入国審査に通すため梱包する人々。

サングラスの女性がこの後私をホブドまで世話してくれる。

 

モンゴル語の会話なので全く聴き取れませんが、バンのドライバーが同乗した女性の一人に私をホブドまで連れていくよう話したようです。

モンゴル人の女性は私を見て承諾したようでした。彼女はサングラス越しに私に笑顔を向け、手招きのジェスチャーをしました。

『ホブド?』『ホブド。』これで伝わります。彼女もホブドへ行くついでに私を連れて行ってくれるのでしょう。

 

彼女が本当に助けてくれる・くれないに関わらずこのやり取りでどれだけ気が休まる事か。

こうして行く先々で助けを受けられる事の有難さを噛み締めつつ、どんどんと強まる西日にじっと耐えておりました。

 

 

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*** 

 

出国、入国には合わせて一時間半ほどかかりました。

 

荷物とパスポートのチェックを受けるだけなのになぜこんなにも時間がかかったかというと、モンゴル側の出入国署に外国人対応の職員がおらず、職員が呼ばれてから来るまでが遅かったためです。

現地の人々と違い、外国人は別室に連れていかれ入国の審査とスタンプを貰います。

 

後に人がつかえているわけでもないので、職員に手帳を渡してモンゴル語の挨拶を書いてもらいました。

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…こんな場所・シチュエーションでしなくてもよい事をお願いしたのは何故でしょう、よほど疲れていて脳が唐突におふざけしたくなったのでしょうか。

 

 

 

サングラスのモンゴル人女性は入国審査をとっくに終えていましたが、なおも審査職員と雑談しながら私を待ってくれていました。彼女はこの国境の職員とすっかり顔見知りの様でした。

商品の買い付けでもしているのか、国境近くの街は隣国から人が往来します。これは陸路国境ならではの光景でした。

 

 

 

 

 モンゴルの出入国署を出てめでたくブルガンに入った頃にはすっかり夕方になっていました。時刻は現地時間の16時半を指していました。

 

西日はさらに煌々と、私達を差していました。

 

 

 

 

 

続きます。

 

 

 

 

9/4-5 中国新疆-西モンゴル国境越え その1

 

9/4

 

孫さんと別れた私は早速時間に追われて焦っていました。 

 

財布にはもう200元しかありません。今夜が中国最終日なのに…ギリギリ足りません。今月末に控えている帰国のフライトの為にまたウルムチには戻りますが、出国間際にお金を降ろすなどあまりしたくはありません。

 

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広く大きい中国の都市。道路を渡るだけで一苦労。

 

そう言ってもいられないので無い時間の中で銀行に走りましたが、なぜかそのATMではお金が降ろせない。考える間もなかったので諦めてバスステーションに走ります。お金は青河(チンフー)に着いてから降ろそう…。この間はバタバタでした。

 

 

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私が向かうのは青河(チンフー)です。

国境の町タカシケンへの直通バスはウルムチからは出ていません。そこでまずは青河へ行き、青河から乗り合いバンでタカシケンに移動するのです。

 

タカシケンからは更に国境手前まで行く乗り合いバンに乗り換えます。

と言っても今夜は青河に一泊して、国境越えが出来るのは明日になるでしょう。

 

 

 

 

 

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この青河へ向かう道は先月末行ったアルタイと全く同じでした。

途中で停まるレストランや警察のチェックポイントまで同じ。また、バスの窓からは強い太陽が頭を差してきます。私はまたここでも思考を停止させてぐったりとするほかありませんでした。

 

お昼は食欲がなかったのでビスケットを買って食べていました。

 

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アルタイ方面と道が分かれた後、やっと日は落ち始めました。

三角形の尖った山肌が夕焼けによって鮮やかな赤に染まります。夕焼けと影が強いコントラストを作り、空には白いまるい月も出ました。絵に描いたような景色とはこの事だと思いました。

初めて見る美しさだけれど絵か何かで見た事があるような…不思議と既視感も覚えながら、しかしこれは他のどこにも見られない景色だろう…と、辺境の風景を有難がるのでした。

 

 

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青河は北端の小さな小さな田舎町でした。

 

乗り合わせた乗客もなんだか素朴な人ばかりです。

通路を挟んだ隣の女性に声をかけられたものの、彼女は私が日本人と知るとなんだといった表情で以後こっちを向いてはくれませんでした。

 

 

そんな閉鎖的な田舎行きバスに一人だけ英語を話せる青年が乗っていました。

彼は四川から出張で来たのだそうです。

 

 

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日もほとんど落ちた青河のバスステーションで彼は警備員に外国人の泊まれるホテルを聞き出し、そのホテルまで私をタクシーで送ってくれ、途中ATMにも寄り、明日のタカシケン行の乗り合いバンの予約を電話で取り付け、さらにバンには明朝このホテルに私を迎えに来るよう伝え、フロントスタッフには私の部屋までバンの到着を知らせに来るよう手配してくれました。

 

ひととおり連絡が済むと彼は自身の泊まるホテルへと帰って行きました。

万が一のためにと交換したWeChatでは、私のお礼のメッセージに対し明日の国境越えが上手くいきますようにと返信をくれました。

 

彼の仕事は明日から始まるそうです。彼だって長い移動で疲れているだろうに、見知らぬ外国人に夜遅くまで構う余裕などあったのでしょうか。

 

親切過ぎます。

 

 

乗り合いバンを見つけるために明日の早朝からバスステーションで張り込まなければいけない手間も、彼のお陰で省けました。

偶然彼に出会った幸運と手厚い親切に感動しながら、

夜10時頃、今朝ぶりの遅い夕食へと再び外出したのでした。

 

 

 

 

 

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外国人が泊まれる青河の宿は『旅游宾馆』のみです。

ここは一泊160元と普段泊まるホステルの3~4泊分にあたります。

いつものケチな私なら勿体ないという値段ですが、この時ばかりは160元払うことに全然抵抗がありませんでした。

 

 

色々な事があり過ぎて忘れがちですが、9/2に南端カシュガルから2夜列車に揺られ、昼夜もなくノンストップで北端の青河まで来たところなのです。

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オレンジ色の線が今までの道筋。中国の他都市間と比べるとその距離に驚きます。

 

久しぶりのシャワーと洗濯、個室とふかふかの広い布団…、余りに嬉しく、あろう事か快適さに逆に慣れず明け方まで寝付けませんでした。

 

 

 

 

続きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

9/4 “善始善終”

 

 

 

 

9/4

 

 

遅れていた列車は朝5時にウルムチへ到着。

5時は北京時間であり新疆時間では3時、つまり外はまだ真っ暗。

寝起きの悪い私は毎度の如く車掌さんの声かけに不機嫌に。

あんなに待ち望んでいたウルムチ着も、真夜中ではさすがに過酷ってもんです。

 

 

 

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のそのそと列車を降ります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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同じく駅にあるチケット売り場で、

私達にはやる事がありました。

 

 

ウルムチ行列車チケットと同時に孫さんが取り、列車遅延で間に合わなかった敦煌行のチケットの取り直し手続き。

(遅延で乗り継げなかった列車チケットは、今回特別に無料で払い戻しや変更が出来ました。車掌さんから列車内で事前に遅延証明書を発行してもらっています。)

 

 

 

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ウルムチ南駅を出て、今度は碾子溝バスターミナルへ向かいます。

バスターミナルでは今度は私が次に向かうバスチケットを買います。

 

まだ眠っている都市を、私の地図アプリを頼りに歩きました。

…歩きましたが途中でギブアップし、開いている回族料理屋さんで朝ごはんを食べ、タクシーでバスターミナルへ行きました。

 

 

 

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黄色いライトに照らされる真夜中のウルムチ

 

 

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中国にも銭湯はあるそうです。

移動・乗り継ぎ続きでお風呂に入れない時におすすめです、と孫さん。

中国のローカル銭湯…興味深いけどちょっと勇気が要る。今回は結局入りませんでした。値段は5~15元と安く、マッサージ(按摩。こちらも勇気が…)もあり。

 

 

 

 

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朝ごはんは牛肉拉麺のお店へ。

 

 

 

 

 

孫さんは本日19時発の列車で敦煌へ、

私はこの昼12時発のバスで北上し青河(チンフー)という町へ、後はもうひたすらモンゴル国境を目指して移動します。

 

 

午前中は市バスに乗りウルムチの街並みを観光、最後にバスを降りたのは…、

 

 

 

 

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紅山(ホンシャン)エリアの街並み。

 

 

 

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あの雷鳥。戻ってきました、サンダーバードユースホステルです。

 

unhuman.hatenablog.com

 

 

 

そう、孫さんと出会いこの旅の起点となった紅山(ホンシャン)にある雷鳥ユールホステルです。

 

 

ここで少しWiFiを使わせてもらった後、孫さんと別れて私は一人バスターミナルへ向かったのでした。

 

 

 

長かったようですが孫さんと旅したのはたった5日。また一人旅に戻ります。

 

『紅山で会って、別れる時も紅山でしたね。』

と私が言うと孫さんは

 

『中国には “善始善終” という言葉があるんですよ。』

 

 

 

そうですね、孫さんとの旅は初めから終わりまで好調でした。

 

それは孫さんの機転の良さのお陰ですね、直前まで体調や失敗で曇っていた私の気分は、いつの間にかウルムチの空みたく爽やかに晴れていました。

 

 

 

 

笑顔で孫さんと別れ私の新疆旅は終わり、私の気持ちはモンゴルに向かったのでした。

 

 

 

 

 

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